さて、我々は一旦整備スペースのある大駐車場の方へ戻り、午後の2回目の予選に備えることにしました。もし雨が降ってもあわてないように、レインタイヤも用意し、雨になった場合の車体セッティングも確認しました。どんよりとした曇り空のまま時は流れ、さて、そろそろパドックの方へ移動しようかという時、雨が落ちてきたのです。 

 コース上では丁度A組の予選が始まろうとしていた時で、彼らは現場でタイヤを換え、車体を雨用のセッティングに変更して予選に望んだ筈です。こうした状況になるともう現場はパニックで、実際に予選A組のライダー達がタイムアタックできるように全ての条件が整ったのは予選時間も半分を過ぎた頃からだったようです。
 我々は雨中走行の為の全てのセッティングを駐車場の整備スペースで済ませ、それからパドックへ向かいました。
 
 こうした状況の場合はまず予選A組のタイムが目安となります。トップの伊藤真一選手のタイムが1分10秒355で飛び抜けており、2位が12秒台、13秒台が4人いて、と、このあたりまでがワークスマシンのタイムです。小山には「ワークスの後ろの方と同じ13秒位が目標。予選順位は1回目の予選でもう決まってしまっているので、無理する必要は全くないけど、明日の決勝も雨になりそうだからサボらずにちゃんと練習してこいよ。」というような事を言って、コース上へ送り出しました。

 1周目1分18秒52、2周目1分15秒36、3周目13秒65.....。「あれ、もう13秒台じゃん。まじかよ。」私は思いました。コントロールタワーの上にあるリーダーボードのトップにゼッケン82が輝いています。あまりにもペースの上がるのが早すぎるので心配になったのですが、走りを見るとそんなに無理をしている様子も無いようです。走りに午前中までに見られたぎこちなさは有りません。しかしそれから何周か周回し、ワークスマシンを1コーナーのアウト側から抜いていったりして、タイムも1分9秒台に入ると、さすがにこのまま走らせておいてはまずいと思いました。サインボードを出していた西田氏にピットインのサインを出すよう指示したのですが、今度は小山がコントロールライン上を通過しない。「あちゃー、転んじゃったか....。」と思ったとき、ピットロードに入って来る小山の姿が見えました。

 水温が上がらないのでピットインしたとのこと。走り自体は全く余裕でまだまだタイムアップできるというコメントでした。しかしここでこれ以上タイムアップしてもあまり意味はありません。水温の確認の為もう一度コースへ送り出しましたが、転ばないで走れば良いから、といい聞かせてピットアウトさせました。

 ワークス勢は予選終了間際になるとどんどんタイムを上げてきます。それは予選時間が終わりに近づくほどタイムを出すためのいろいろな条件を彼らは揃えてゆくことが出来るからです。その為に彼らは頻繁なピットインでマシンのセッティングを詰めてゆき、そして予選終了間際にベストタイムを出す。今回のケースも全くこのパターンのとうりでした。予選時間が終わりに近づくにつれ、ワークス勢は皆、自分のベストタイムをどんどん更新してきました。

 でも、いつもと一つだけ違う事が有ったのです。それは、リーダーボードの一番上の数字が、予選が終了した後も82のままだったのです。
 結局ウェットコンディションで行われた2回目の予選では小山はA組B組合わせてのトップでした。

 午前中の一回目の予選で予選順位は既に決定しているので、ワークス勢は真面目に走らなかっただけだろう、なんて言う人もいましたが、私はちょっと違うと思います。なぜなら、今年になって雨の筑波というのはワークス勢にとっても初めての体験で、この時点で明日の決勝も雨になる可能性が高かった事により、レース本番に備えてレインセッティングを出すことが必要不可欠であったこと。その為にはワークス勢も全員本気で走らなければならない状況であった筈です。また何よりもワークス勢にとって、たとえどんな状況であろうとも、プライベーターの後塵を拝するなんていう事は許されない事なのです。

 とにかくこんな訳で、この日の午後我々は皆ごきげん。もし本当に決勝も雨であれば、勝てるとまではいかなくとも、かなり良い成績を収めることが出来るのは確実だ、などと甘い夢を見せてもらっていました。

 

 でも、世の中そんなに都合良くは行かないもので、決勝は雨とはなりませんでした。
 朝はまだ雨がぱらついていて路面はウェット。10時35分からのフリー走行直前になると少しずつ路面は乾きはじめ、タイヤの選択が難しいところでした。走行直前にコースの状況を見に行き、私はスリックタイヤ装着という判断を下しました。
 結果的に、走行開始直後はコース上にまだ濡れている部分が残っていたのですが、走行時間が過ぎるにつれて路面コンディションはどんどん良くなり、途中から完全なドライコンディションになりました。最初のうちは1分0秒台で周回していた小山も後半になると59秒台の中盤でラップを刻むようになり、ベストタイムは59秒42。決勝前のフリー走行としてはまずまずでした。
 そしていよいよ決勝レースです。
  
 予選17位のスターティンググリッドは5列目のイン側から2番目です。スタート前チェックを受け、ピット前へ。ピット前からサイティングラップへと出てゆきます。そして一旦スターティンググリッドに戻ってくると、エンジン停止。選手紹介です。全日本をずっとやってきた私にとってはいつもどうりの進行なのですが、ライダー小山からは緊張が伝わります。そしていよいよエンジン始動。ウォーミングアップラップの始まりです。

 チームクルーは全員グリッド上から退去し、マシンとライダーだけが取り残されます。ここから先はもう何の手助けもできません。一列ずつマシンとライダーはウォームアップラップに飛び出してゆきます。そしてコースを一周してグリッドに戻り、全車整列を完了したところでいよいよスタートです。


 シグナルがグリーンに変わると全車一斉にスタートしました。小山は....ちょっと出遅れたか。まあいつもの事です。彼はスタートがあまりうまくないのです。

 スタート直後の1コーナーは一番危険でいつもはらはらするのですが、全車無事にクリアー。さて、一周目、何位で戻って来るか......................。スタートして1分もしないうちに先頭集団が最終コーナーを立ち上がってきます。小山は.....19位でコントロールラインを通過。とりあえず無事にレースは始まりました。レースは30周で争われます。

 しかし今回の小山は走りがちょっとぎこちないようです。3周目まで1分0秒台、4周目にやっと59秒台に入れました。ちょっとペースの上がるのが遅いです。この辺が全日本を回っている連中との違いで、場数を踏んでいるライダーと差がついてしまう部分です。あまり速くない連中とバトルになってしまうので、なかなか自分のペースで走れない。しかし5周目以降は59秒台をキープし、まあまあのペースで周回し始めました。順位は18〜19位というところ。1台のRC45とバトルしながら周回しています。1回はそいつの前へ出るのですが、ミスをして抜き返され、後ろについて抜くチャンスを伺いながら周回します。しかしなかなか抜けなくてあせってしまったのか、走りのリズムがおかしくなっているのが見ていてわかります。いきなりそれまでより1秒以上遅いラップで帰って来ることもあり、どこかで大きなミスをしているに違い有りません。そんな展開を私はちょっとまずいなと思いながら見ていたのですが、19周目に明らかに大きなミスをして0秒台のラップで帰ってきた次の周、小山はコントロールライン上を通過しません......。
 
 「やっちゃったな。」私にはすぐ解りました。あとは怪我が無いことを祈るばかりです。コントロールタワーの1階へ行って様子を聞くと、CXコーナーの立ち上がりで転倒しているとのこと。ライダーの無事は確認しているとのことなので、まずは一安心。でもCXコーナーの立ち上がりということはハイサイドで転倒している筈なので、マシンは大破しているであろうことが予想されます........。

 レース終了後、ちょっとブルーな気分でレッカーに乗ってマシンを回収に行きました。全日本のレースだと転んだライダーはマシンをおいてさっさと歩いて帰ってしまうことが多いのですが、小山はマシンの傍らに一緒にいました。すまなそうにしています。
 
 しょうがないよ、レースだもの。怪我が無くてよかったじゃん。自分に何が足りないのか良く解ったろうから、それを課題にして9月のレースでは今度こそポイントを取ろうぜ。
 そんな訳でしっかり反省のポーズの記念写真を撮ってきました。 

 

 全日本クラスのレースで良いところを走るには、良いマシンとタイヤ、ライディングのテクニック等は当然として、その他に何が必要なのか。今回のレースで彼は彼なりに色々なことを掴んだと思います。そして、それはレースウィークに入る時には既に自分の物としていなければならないということも解ったと思います。

 レースというのは、公式練習、予選とスケジュールを終え、決勝グリッドについた時には、もう既に9割方の勝負はついているのです。あとの1割はマシントラブルや転倒に巻き込まれる等の運の問題でしかなく、決勝レースは自分がそれまでにレースのためにどれだけのものを獲得することができたかということを発表したり確認したりする場でしかないのです。

 そんな訳で、今回の筑波で行われた全日本のレースはちょっと残念な形で終わりました。 でも今度の9月19日の筑波では、もとどうり甦ったマシンと、ライダーとして成長した小山選手の姿をまた皆さんにお見せできる筈です。

 今回いろいろな形で応援してくれた皆様、本当にありがとうございました。心からお礼申し上げます。
 
 9月の筑波で会いましょう!
  


 
back